2002年6月


「ボトムズ」☆
- The Bottoms -
ジョー・R・ランズデール

 1930年代、テキサス東部の片田舎。暗い森に迷い混んだ11歳のハリーと妹のトム、体を切り刻まれ、イバラと有刺鉄線で木の幹にくくりつけられた黒人女性の死体を発見する。理髪店店主で治安官である二人の父ジェイコブは捜査を開始するが…。

  ランズデールは「アイスマン」で初めて読んでちょっと気になって他のも読んで見たかったが、このアメリカ探偵作家クラブ賞受賞作品を読む事にする。
 面白かった。主人公は11歳でありながら大人の父を救おうとするハリー。これが見事な活躍を見せる、またハリー自身の成長物語になっている。そして舞台が保守的で黒人差別が強い1930年代の南部という設定も見事。黒人の味方と反発を受けながら正義を貫く父ジェイコブの姿がいい。この辺の描写は、公民権運動を目の当たりにして育った著者の経験かららしい。
「人間竜巻」と呼ばれるの祖母ジューン、冷静沈着にプロファイリング的に事件を観る黒人医師ドクター・ティンなどのわき役も、新鮮で見事な性格付け。


「小耳にはさもう」
ナンシー関 朝日文庫

 ナンシー関は、2002年6月12日、午前0時47分、虚血性心不全のため逝去。追悼のためにエッセイをまとめた「小耳にはさもう」を読む事にする。
「週間朝日」に1993年1月から連載されていたコラムをまとめたもの。貴花田、千昌夫、きんさんぎんさん、影山民夫、武田鉄矢、片岡鶴太郎、山本リンダ、吉田栄作、新加勢大周、長淵剛、カバキ、ガッツ石松、落合信彦、悪魔くんの父、家田荘子、大山倍達、志茂田景樹などなど。時代的には貴花田りえ破局、幸福の科学騒動、皇太子ご成婚のころ。しかし、ナンシー関の人間を観る目は凄い。単なる毒では無い、観察眼が語る真実が毒に聞こえるだけである。
しかし偉大な才能を失った事を痛感する。編集その他、周囲の人々ももうちょっと健康に気を使って欲しかった、今となっては遅いけど。

ボン研究所 Nancy Seki's Factory


「アトランティスのこころ」上 ☆
- Hearts in Atlantis -
スティーヴン・キング 白石朗訳 新潮社

 映画「アトランティスのこころ」の原作ではあるが、映画になっているのは上巻の部分だけ。上巻は「1960年黄色いコートの下衆男たち」で映画となった部分。子供時代のボビーとキャロル、サリー・ジョン、そして謎の老人テッドの物語。
下巻はそれ以降の時代。ベトナム戦争の頃、メイン州大学となった新入生となったキャロルとその友人のピートの物語「1966年アトランティスのハーツ」、マンハッタンでの奇妙な仕事の話「1983年盲のウィリー」、「1999年なぜぼくらはヴェトナムにいるのか」、「1999年天国のような夜が降ってくる」。

 「グリーン・マイル」以来、キングの作品では純粋に面白かった。それぞれの物語の不思議なつながり方が、人生を大局から眺めた不思議な視点の感触を与えている。その視点は、善人も悪人もひっくるめて、暖かく見守っているようで心地よい感動を与えてくれる。
上巻、テッドが子供時代のボビーに「蝿の王」を勧めるが、次の一冊を自分なら「ハツカネズミと人間」と考えたが…見事にテッドと意見があった。

  ところでピースマークは、バートランド・ラッセルが提唱したマークで、核軍縮(nuclear disarmament)の頭文字、NDを手旗信号の形から取っているとは知らなかった。
ちなみに、最終章「天国のような夜が降ってくる」(Heavenly Shades of Night Are Falling)は映画で流れるプラターズの「Twilight Time」の出だしの歌詞。


「アトランティスのこころ」下 ☆
- Hearts in Atlantis -
スティーヴン・キング 白石朗訳 新潮社


「落地生根-横浜中華街物語」
読売新聞社横浜支局 アドア出版

読売新聞神奈川県版で連載された「落地生根-横浜中華街」に加筆、修正、再編したもの。横浜中華街の華僑の人々、90年前の移住から始まるチューピアノ、各料理店の話や、二世三世の暮らし、などなど。中華街の隣で育ったので、知っている話、身近な話が多く興味をもって読んだ。連載なのでまとまりにはやや欠けるが。

戦後、戦勝国ということで中華街には物資が豊富だったというのは意外な話だった。そこを守る華僑自衛談「CA」隊長、梁さんがが太極拳でボクサーを倒す話など面白い。

1952年の学校事件、その後大陸系、台湾系をわけ、山手に横浜山手中華学校、中華街に横浜中華学院と分れたいきさつなど細かく判った。当時を知っているし、小学校は横浜山手中華学校の隣、中学校は横浜中華学院の近所という生活をしていたが、細かい歴史まではいままで読んで事がなかった。


「2時間でわかる旅のモンゴル学」
佐々木節 立風書房

 行きたい国のひとつモンゴル、それについての本は思ったより少ない。この本はタイトル通りに国土、風土、人口、首都、歴史、風俗、暮らし、住宅、食、家畜、言葉その他についてまとめてある。なかなか面白い。
特にゲルの内部や、そこでの暮らしは面白かった。食生活の話も面白かったが、「野菜は羊が食べるもの」と手をつけないとは…。


「ライディング・ザ・ブレッド」
- Riding the Bullet - Stephen King
スティーヴン・キング 白石朗訳 アーティストハウス

脳卒中で倒れた母親の元へ向かうため、ヒッチハイクをするメイン州立大学のアランの恐怖の体験…。2000年にe-Books形式でのみインターネット販売された中編の翻訳。
中編と言っても普通のキングのは充分に長編分あるのだけど、これはほんとに中編分。内容も非常にシンプルだけど、キングの基本的な面白さと恐怖がここにはある気がした。


「アブダクション-遭遇」
ロビン・クック 林克己訳 ハヤカワ文庫

地質調査のため大西洋の海底で掘削作業中、ベンシック・マリン社社長バーグマン、女性海洋地質学者スーザンは海底火山の調査中に制御を失い行き着いた地で、地底で高度な文明をもつインターテラ人に出会う…。

医学サスペンスのロビン・クックのSFもの…多少の不安はあったものの、これほどつまらないSFは久しぶりに読んだ。ほとんどジュール・ヴェルヌ、H.G.ウェルズの時代の小説を読んでいるような気がする。地球空洞説じゃないだけまだマシだが、21世紀にもなってこんなのを出版する気がしれない。


「あなたにもできる自然住宅」
船瀬俊介 築地書館

「9坪ハウス狂想曲」を読んで、ちょっと他の住宅モノも読みたくなった。「こんなマンションに騙されるな」なんてのは読んだことあるけど、住宅建築業界自体の実体(裏事情)を知りたい。

内容的には日本の住宅問題としてのシックハウス、大手ハウスメーカーの欺瞞から、実際に家を建てていく過程を追っていく。壁内結露、コールドショック、カビなどなどショッキングな内容も多いが、顧客をだます業者そのものが一番怖い。
しかしながら、著者の建築も結果的に予算倍増と、信じていいものやら…。著者は消費者運動、環境問題が専門。


「死神」
篠田節子 実業之日本社

 篠田節子は「妖櫻忌」を読んで、ちょっと物足りなさを感じたので他のを借りてみる。…しかし、題名からして当然ホラーと思ったが、まってく違った(マヌケ)。すべてはケースワーカーの話で、福祉事務所を舞台とする辛辣な、底辺の人々の深刻な人間ドラマ。「しだれ梅の下」「花道」「七人の敵」「選手交替」「失われた二本の指へ」「緋の襦袢」「死神」「ファンタジア」の8作品。
小説としては、それなりに面白いのだけど、ホラーを期待していたので肩透かしにちょっと評価不能という感じ。初出は92〜95年の「週間小説」。著者自身が、ケースワーカーの経験があるらしい。


「図書館警察」
- Four Past Midnight II - Stephen King -
スティーヴン・キング 白石朗著 文春文庫

時間をテーマにした、「Four Past Midnight 」の後半部分の二作品、「図書館警察」と「サン・ドック」を収録。前半部分は、「ランゴリアーズ」、「秘密の窓、秘密の庭」の二作で「ランゴリアーズ」に収録してある。

「図書館警察」、舞台はジャンクションシティ、主人公サム・ピープルは突然の講演の依頼のために、秘書のナオミの提言で図書館へ向かう。そこで出会う奇妙な司書アーデリア・ローツ、そして借りた本はあやまって、ごみ回収のダーティ・デイブの手に…。

図書館警察とは、米国では有名な都市伝説らしい。主人公の過去との対決という面がうまく出ているが、奇怪な敵との対決はうまい描写とは言えないかった(その点、「不眠症」は上手い)。それでも筋立てはしっかりしていて、楽しめる。

「サ・ドッグ」、15歳の誕生日のプレゼントにケヴィンがもらったのは、ポラロイドカメラのサン660。しかしそのカメラは、杭垣の前の黒い不気味な犬を常に映し出す…。
小品ではあるが、軽快な展開と、古道具屋ポップ・メリルのキャラクタの面白さ、随所にちりばめられたキング的小道具が楽しめる。他の作品とのつながり、「ニードフル・シングス」の古道具屋エンポーリアム・ガローリアムなど、マニア的な楽しみも有り。

最後の小尾芙佐、白石朗、藤田新策の座談会もなかなか面白い.


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